朝顔の原産地は熱帯アジアからヒマラヤ地域とされ、日本には奈良時代末期から平安時代初期にかけて、遣唐使によって薬用植物(下剤や利尿剤として利用された生薬「牽牛子(けんごし)」)として持ち込まれました。
朝顔が「愛情の絆」の象徴となった歴史的ルーツは、生薬名にも使われている「牽牛(けんぎゅう)」という言葉にあります。牽牛とは中国の七夕伝説における「彦星(ひこぼし)」を指します。朝顔は年に一度、彦星と織姫が天の川で再会する秋の初め(旧暦7月頃)に美しい花を咲かせることから、「年に一度の固い契りを果たす花」「運命で結ばれた愛」として尊ばれるようになりました。
江戸時代に入ると、庶民の間で空前の「朝顔ブーム」が巻き起こります。武士から町人までが品種改良に熱中し、花弁の形や模様が奇抜に変化した「変化朝顔(へんかあさがお)」が愛好されました。毎朝欠かさず水をやり、日の出とともに開く花を愛でる文化が定着したことで、「明日も爽やかに」「あふれる喜び」といった、庶民の日常に寄り添う前向きな花言葉が強固に根付いていったのです。