高松市中心部から南へ約4キロメートル、住宅や田畑が混在する太田下町。熊野神社の北側に位置する鹿の井出水に足を踏み入れると、まず驚かされるのが水路底の小石の一粒一粒まで透き通って見える圧倒的な透明度です。「出水(いですい)」とは、讃岐平野の扇状地末端において地下水が自噴する湧水地を指す地域特有の呼称。太田南地区に点在する湧水群のなかでも、ここは最大の水量を誇り、いかなる猛暑や日照りでも決して枯れることがないと語り継がれてきました。
この場所が一般的な桜の名所と一線を画す最大の理由は、「頭上の満開桜」「足元の鏡面反射(リフレクション)」「水中を泳ぐ大ぶりの錦鯉」という3つの要素が狭小な空間で完璧に重なり合う視覚構造にあります。川幅わずか数メートルの石積み水路を覆い尽くすように枝を伸ばす桜並木は、水面との距離が極めて近く、水鏡に映り込む花影はまるで万華鏡のような奥行きを生み出します。そこへ白、赤、金に輝く錦鯉が波紋を描きながら泳ぎ通る光景は、日本庭園の雅やかさと野趣ある自然美が奇跡的なバランスで調和した瞬間といえます。
水路の護岸には自然石が美しく積まれ、水際には可憐なクレソンや水草が揺れています。香川県や地元の記録によると、この景観は自然のまま放置されて生まれたものではなく、地域の歴史的遺産を継承するために平成10年度(1998年度)の「魅力ある農村(むら)づくり事業」によって176mにわたる区間が石積み護岸や遊歩道、休憩用の東屋として再整備された成果です。生活空間のなかに溶け込んだ水利施設でありながら、人工と自然が美しく融和している点こそ、多くの人々を惹きつけてやまない本質的な要因です。