ネット上のQ&Aサイトや育児ブログにおいて最も頻出する誤った言説が、「日本のスーパーで市販されているチーズは、食品衛生法で加熱殺菌が義務付けられているから、国産なら生で食べても安全である」という解釈です。この認識には極めて深刻な盲点があります。
確かに日本の乳等省令において、飲用乳や乳製品の製造基準には殺菌規定が存在します。しかし、細切りタイプのピザ用ナチュラルチーズなどの原材料表示を確認すると、多くの場合「ナチュラルチーズ(生乳、食塩)/セルロース」と記載され、枠外に小さく「加熱用」「必ず加熱してお召し上がりください」と明記されています。これは、原料となるチーズを輸入(ニュージーランド、オランダ、アメリカ等)して国内工場で細断・配合・リパックする過程で、加熱処理を前提とした衛生管理が行われているためです。
ここで警戒すべきリステリア菌食中毒リスクについて、客観的事実を押さえておく必要があります。
リステリア・モノサイトゲネスは自然界(土壌、河川、動物の腸管)に広く分布する細菌であり、一般的な食中毒菌とは異なる特異な性質を持っています。多くの細菌が休眠状態となる4℃以下の低温環境(冷蔵庫内)であっても徐々に増殖可能であり、さらに高濃度の塩分環境下でも生存できます。つまり、「冷蔵保存しているから」「塩漬け熟成されているから安全」という常識が通用しません。
潜伏期間が数日から最大で90日と非常に長い点も診断を困難にします。乳幼児が感染した場合、初期症状は38℃以上の高熱や嘔吐、下痢といった風邪や一般的な胃腸炎に酷似しますが、血流に乗って菌が中枢神経に侵入すると髄膜炎や敗血症を引き起こし、重い後遺症を残す、あるいは致死に至る症例が国際機関(WHO・CDC)より報告されています。
この脅威を完全に無力化する唯一の手段が「加熱殺菌基準の徹底」です。食品安全委員会のガイドラインに基づき、リステリア菌を死滅させるためには食品の中心温度を75℃以上で1分間以上加熱することが義務付けられます。電子レンジでチーズの表面がうっすら緩んだ程度や、トースターで焦げ目がついただけで内部が生温かい状態では、中心部の菌は死滅していません。「料理全体を均一に煮立たせる」「グラタンなら中心部がぐつぐつと沸騰するまで焼き上げる」工程が不可欠です。