昭和29年を語る上で避けて通れないのが、安全保障の再編と相次ぐ悲劇的な災害・事故の記憶です。
戦後の警察予備隊、保安隊を経て、1954年7月1日に陸・海・空の3部隊からなる自衛隊が発足しました。憲法第9条との整合性をめぐる議論は当時から激しく交わされ、冷戦体制の最前線に立たされた日本の防衛体制はここから本格的な歩みを始めました。
そのわずか4カ月前、太平洋のビキニ環礁で行われた米軍のキャッスル作戦(水爆実験)により、日本のマグロ漁船が「死の灰」を浴びる第五福竜丸事件が発生しました。無線長だった久保山愛吉さんが9月に亡くなり、全国で原水爆禁止署名運動が急速に拡大。平和運動のうねりが全国規模で沸き起こる契機となったのです。
さらに9月には、台風15号の暴風雨によって青函連絡船・洞爺丸をはじめとする5隻の連絡船が函館港外で沈没する洞爺丸事故が発生しました。死者・行方不明者は1,430名(洞爺丸単独では1,155名)に達し、世界的な海難事故として記録されました。この痛ましい悲劇が、後の世紀の大事業「青函トンネル」建設の決定的な引き金となったことは歴史の必然と言えます。