日本女子バレーの歴史は、世界最高峰の戦術トレンドとの格闘の歴史でもあります。2000年代以降の女子バレー監督の歴代系譜を振り返ると、それぞれの時代を率いた名将たちの明確なビジョンが見えてきます。
2012年ロンドン五輪で28年ぶりの銅メダルを獲得した眞鍋監督の第1次政権(2009〜2016年)は、iPadを駆使した「IDバレー」と「MB1」「ハイブリッド6」といった奇策とも呼べる戦術革新が光りました。世界中のデータをリアルタイムで選手へフィードバックし、体格差を戦術眼で埋めるスタイルは世界中を驚嘆させました。
その後を引き継いだ中田久美氏は、現役時代の伝説的セッターとしての経歴や、Vリーグ久光製薬スプリングスを常勝軍団へ導いた手腕を高く評価されて代表監督に就任しました。「伝説のセッター」としてのカリスマ性を前面に出し、スピードと高いトス精度を軸にした攻撃的バレーを掲げたものの、自国開催となった東京五輪では予選ラウンド敗退という過酷な現実に直面。選手起用への固定化や戦術の柔軟性において厳しい評判を受ける場面もありましたが、若いタレントを発掘・育成した功績は今なお色褪せていません。