ジェリー藤尾さん(本名:藤尾薫紀)は1940年6月26日、中国・上海でNHK技術者だった日本人の父と、イギリス人の母との間に生まれました。第二次世界大戦の終戦に伴い日本へ引き揚げてきましたが、戦後の混乱期において混血の少年として生きる道は決して平坦ではありませんでした。周囲からの偏見や差別に対抗するため、喧嘩に明け暮れる日々を送ることになります。
多感な青年期を過ごした新宿歌舞伎町界隈では、腕っぷしの強さから「新宿の愚連隊も恐れる用心棒」としてその名を知られるほどの荒れた若い頃を過ごしました。しかし、ジャズやウエスタン音楽との出会いが彼の運命を大きく変えます。ドラムの演奏や抜群の歌唱力がスカウトの目に留まり、バンドボーイを経て名門・渡辺プロダクションへ所属。水原弘さんやミッキー・カーチスさんらが牽引したロカビリーブームの波に乗り、瞬く間に脚光を浴びる経歴を歩み始めました。