杉並区善福寺に広がる井草八幡宮の境内は、東京23区内とは思えないほどの静謐さに包まれています。社伝によると、その草創は平安時代末期、この地の豪族が春日社の神を祀ったことに始まると伝えられています。しかし境内の歴史はさらに古く、境内一帯から発掘された「井草遺跡」からは縄文時代中期の住居跡や土器・石器が多数出土しており、数千年前から人々の祈りの場であったことが学術的にも裏付けられています。
歴史の転換点となったのは文治5年(1189年)、源頼朝公が奥州藤原氏征伐(奥州合戦)に向かう途次、この地で武運長久を祈願した出来事です。頼朝公は見事に奥州平定を果たし、建久4年(1193年)の帰途に感謝を込めて松を手植えしたと伝えられています。この「天然記念物 井草八幡の松(現在は後代の松)」は長年地域のシンボルとして親しまれてきました。さらに室町時代の文明9年(1477年)には、太田道灌が石神井城主・豊島泰経を攻める際にも当社で戦勝を祈願したとされ、武家の守護神としての地位を固めました。
主祭神として祀られているのは「八幡大神(応神天皇)」です。武将たちが頼った勝負運・大願成就はもちろんのこと、災厄を断ち切る「厄除け・方位除け」、母子を守護する「安産・子育て・家内安全」まで、人生の節目を支える幅広いご神徳を備えています。境内の神門をくぐると空気がガラリと変わり、日々の喧騒で乱れた精神を研ぎ澄ましてくれるパワースポットとして、遠方からも参拝者が絶えません。