家庭料理の現場に根強く残る最大の誤解が、「肉は時間をかけてコトコト煮込めば、どんな部位でも柔らかくなる」という神話です。
牛すね肉や豚バラ肉のように結核組織(コラーゲン)を大量に含む部位であれば、長時間の加熱によってコラーゲンが水溶性のゼラチンへと分解され、とろけるような食感へと変化します。しかし、スーパーの安価なカレー用角切り肉に多い「赤身もも肉」には、ゼラチン化するコラーゲンがほとんど含まれていません。もも肉を1時間も煮込む行為は、旨みと水分を絞り出し、ただ乾いた繊維を凝縮させているに過ぎないのです。
もう一つの見落とされがちな盲点が、「市販のカレールーを投入するタイミング」です。一部のSNS動画やレシピ記事では「最初からルーを入れて具材と一緒に煮込む」手法が紹介されることがありますが、これは肉を硬くする重大な要因となります。
市販のカレールーには多量の塩分と小麦粉(でんぷん)が含まれています。煮汁の塩分濃度が早い段階で高くなると浸透圧で肉からさらに水分が抜ける上、小麦粉のとろみによって鍋底が焦げ付きやすくなり、肉に均一な対流熱が伝わらなくなります。「肉と野菜を柔らかくなるまで煮汁で煮込み、火を完全に止めてからルーを溶かし、最後に弱火で数分なじませる」という箱の裏に書かれた基本手順こそが、肉質を損なわない最も合理的なプロセスです。