江戸中期、宝暦12(1762)年。兄である桃園天皇が突然の崩御を遂げた際、皇子である英仁親王(後の後桃園天皇)はわずか5歳だった。幼主の即位に伴う政治的混乱を避けるため、白羽の矢が立ったのが、当時23歳だった智子内親王、すなわち後の後桜町天皇である。
彼女の8年間に及ぶ在位、そして退位後の30年以上におよぶ「院政」期こそ、現代の皇位継承を議論する上でも見逃せない重要な分岐点となっている。朝幕関係の緊張が高まる中、彼女は摂関家や幕府との微妙なバランスを取りながら、朝廷の威信を保ち続けた。波乱の時代を生き抜いた知られざるドラマの真相は、まさに日本の国のかたちを水面下で支え続けた執念の歴史そのものと言える。