サンプラザ中野くんの音楽的原点は、早稲田大学政治経済学部在学中に遡ります。学内の名門音楽サークル「ロック・クライミング」で、生涯の盟友となるギタリスト・パッパラー河合(本名:河合靖夫)らと出会い、前身バンド「スーパースランプ」を経て1981年に爆風スランプを結成しました。その後、大学は除籍となったものの、圧倒的なライブパフォーマンスでライブハウスシーンを席巻し、1984年にシングル『週刊東京『少女A』』でメジャーデビューを果たします。
そして1988年、爆風スランプの名を不動のものにしたのが、シングル売上約34万枚、社会現象となった『Runner』でした。実はこの楽曲、単なる青春の疾走を描いたものではなく、オリジナルベーシストであった江川ほーじんの脱退というバンド存続の危機から生まれたものでした。自著や当時のインタビューにおいて中野くんは「去りゆく友の背中を見送りながら、涙を堪えて歌詞を書き殴った」と明かしています。友への惜別と再起への誓いが込められたリアルな言霊だからこそ、リリースから数十年が経過した今もなお、世代を超えて日本中の背中を押し続けているのです。
さらに、日本武道館の情景を叙情的に描いた『大きな玉ねぎの下で 〜はるかなる想い〜』や『リゾ・ラバ』など、文学的な叙情詩から破天荒なコミックソングまでを自在に行き来する作詞センスは、早大政経学部で培われた鋭い人間観察眼と教養の賜物といえます。