人間は考える葦であるの真意|パスカルの名言と続きを徹底解説

人間は考える葦であるの真意|パスカルの名言と続きを徹底解説

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「人間は考える葦である」という言葉の核心を掴むには、まずなぜ葦(あし・よし)という植物が選ばれたのかという理由を理解する必要があります。葦は湿地や水辺に群生するイネ科の植物で、茎の内部が空洞になっており、強い風や大雨に打たれれば容易にしなり、あっけなく折れてしまいます。 パスカルはこの葦の頼りなさに、大自然と対峙したときの人間の肉体的な儚さを重ね合わせました。大地震や巨大津波、あるいは微小なウイルスや一滴の毒水によって、人間の生命は一瞬で奪われてしまいます。宇宙のスケールから見れば、人間は塵や芥(あくた)に等しい無力な存在に過ぎません。 しかし、パスカルの洞察は「人間は惨めで弱い」というペシミズム(悲観主義)では終わりません。どれほど弱々しい一本の葦であっても、人間には「考える力(理性・内省)」が備わっています。自らが弱者であることを認識し、世界の広大さと自らのちっぽけさを理解できる点において、人間は自然界の他のあらゆる無機物や盲目的な力とは一線を画しています。「絶対的な弱さ」と「思考による崇高さ」の鮮やかなコントラストこそが、この名言が数百年を超えて引用され続ける最大の理由です。

高橋 健太
著者

高橋 健太

Webメディアでの編集・執筆歴10年。読者の好奇心を刺激するストーリー作りを心がけています。