オリックスで輝かしい実績を残した塩谷氏でしたが、球界再編やチームの体制変化、さらに度重なる故障が影を落とし始めます。2005年シーズン終了後、出場機会を求めて日本を離れ、韓国プロ野球(KBO)のSKワイバーンズへ移籍を決断しました。
異国の地での再起を図ったものの、開幕直後に左手甲を骨折する重傷を負ってしまいます。外国人枠の厳しい制約や首脳陣との方針の不一致も重なり、シーズン途中で志半ばのまま契約解除通告を受けることとなりました。
怪我の回復状況や年齢的な要因もあり、NPB球団への復帰や他球団での現役続行は叶わず、そのまま静かにユニフォームを脱ぐことになりました。華々しい実績を残しながらも、怪我に泣かされる形で現役引退を迎えるという悔しい幕切れでした。