なぜ全国ネットワークでありながら、リモコン番号が統一されていないのでしょうか。その背景には、総務省(旧郵政省)主導で行われた地上デジタル放送への移行劇と、昭和の「アナログVHF周波数割り当て」にまつわる深い歴史的経緯が存在します。
かつてのアナログ放送時代、各局のチャンネル番号(親局の周波数)は地域ごとに全く異なっていました。
- 関東広域圏:テレビ朝日は旧社名「日本教育テレビ(NET)」時代からアナログ10チャンネルでした。しかし、2003年からの地デジ移行時、1〜12の空き枠の中で「5」を選択しました(※当時TBSがアナログ6ch、フジテレビが8ch、日本テレビが4chを選択したため)。
- 関西広域圏(朝日放送):大阪の朝日放送(ABC)は、1956年の開局以来ずっとアナログ6チャンネルとして親しまれてきました。「6チャンのABC」というキャッチフレーズが地域住民の生活意識に深く根付いていたため、地デジ化の際も視聴者の利便性とブランド維持を優先して「6」をそのまま取得した経緯があります。
- 東海広域圏(メ〜テレ):名古屋テレビ放送(メ〜テレ)はアナログ時代が11チャンネルでしたが、中京圏で最も歴史の古いCBCテレビ(TBS系列)がアナログ時代の「5」を地デジでも引き継いだため、メ〜テレは「6」を選択しました。
- 福岡圏(KBC九州朝日放送):福岡のKBCは、アナログ開局当初から「VHF 1チャンネル」という最若番を保有していました。地デジ化においてNHK総合が全国的に「1」を希望するなか、KBCは地域での圧倒的な認知度を根拠に「1」を死守し、全国の民放で唯一リモコン番号1チャンネルを維持することに成功しました。
メディア社会学の観点からも、テレビのリモコン番号は単なる数字ではなく、半世紀以上にわたって地域住民の生活リズムや地元局への愛着を形成してきた「文化的アイデンティティ」です。無理にキー局の「5」へ統一するのではなく、各地の歴史的経緯を尊重した結果が、現在のチャンネル配置となっています。