スタジオジブリの歴代ヒロインといえば、プロの声優のみならず、独自の存在感を放つ俳優が起用されてきた歴史があります。しかし、『かぐや姫の物語』におけるヒロイン選考は、ジブリ社内でも極めて異例のプロセスをたどりました。
当時、かぐや姫役の選考には数百名に及ぶ女優・声優・タレントが参加したと報じられています。そのなかで高畑勲監督の耳を釘付けにしたのが、当時21歳だった朝倉あきの声でした。高畑監督は「古典の物語だからこそ、記号的な美少女の声ではなく、生身の人間として葛藤する現代の女性の声が必要だ」という明確な信念を抱いていました。
制作ドキュメンタリーや当時の特番インタビューにおいて、高畑監督は「オーディションで彼女の声を聞いた瞬間、少し不満げで、日常の息遣いがそのまま漏れ出るようなリアリティに惹かれた」と語っています。アニメ特有の誇張された発声ではなく、感情が昂ぶったときに思わず漏れる「ため息」や「掠れ」。朝倉あきが持っていたその作為のないナチュラルな発声こそが、月と地球の間で激しく引き裂かれるヒロインの魂そのものだったのです。
朝倉本人も当時の取材に対し、「高畑監督からは『上手に演じようとしないでください。あなたの普段の話し方、呼吸をそのままぶつけてほしい』と何度も指導された」と振り返っています。過酷な感情の起伏を求められ、アフレコブースで何度も涙を流しながら喉を絞り出したという過酷な経験が、映画史に残る激情の演技を生み出す原動力となりました。