ネット上の掲示板や知恵袋などで頻繁に見られるのが、「科学によってミトコンドリア・イヴとY染色体アダムが実在したことが証明されたのだから、聖書のアダムとイブは本当だった」という主張です。この言説は、遺伝学の概念に対する根本的な誤認から生じています。
1987年に発表された分子生物学の研究により、現生人類のミトコンドリアDNAを母系で遡ると、約15万〜20万年前にアフリカに実在した1人の女性に行き着くことが明らかになりました。これがミトコンドリア・イヴです。同様に、男性のY染色体を父系で遡った共通祖先男性をY染色体アダムと呼びます。この発見は、人類がアフリカで生まれ世界中に拡散したとするアフリカ単一起源説の強力な裏付けとなりました。
決定的な誤解は、彼女や彼が「当時世界にたった1人しかいなかった人間」ではないという点です。ミトコンドリア・イヴが生きていた時代には、数千から数万人規模のヒト集団が存在していました。彼女の同時代にも多くの女性たちが子どもを産み育てていましたが、娘が生まれずに息子の代で母系ミトコンドリアの連鎖が途切れるなどして、他の家系が数万年かけて淘汰された結果、現代人の母系直系を辿ると偶然彼女1人に集約されたに過ぎません。
加えて、Y染色体アダムが生きていた年代は研究によって幅があるものの、ミトコンドリア・イヴとは数万年から十数万年以上の年代のズレが存在します。2人が夫婦として出会い、そこから人類が増えたという事実は科学的に完全に否定されています。名前の響きがドラマチックであるがゆえに生じたミスリードの典型例と言えます。