健康食材として親しまれるはちみつが、なぜ1歳未満の赤ちゃんに対してだけ猛毒となり得るのか。その核心は、クロストリジウム・ボツリヌム(ボツリヌス菌)が形成する「芽胞(がほう)」と呼ばれる強固な特殊構造と、乳児特有の未熟な生体防御システムにあります。
ボツリヌス菌は土壌、河川、海などに広く生息する嫌気性菌(酸素を嫌う菌)です。環境が生育に適さない状態になると、細菌は厚い殻に覆われた休眠状態である「芽胞」を形成します。ミツバチが花蜜を集める過程で土壌や植物に付着していた芽胞が混入することがあり、国内で流通する市販はちみつのおよそ数パーセントからボツリヌス菌芽胞が検出されたという調査報告も存在します。
成人の場合、はちみつに含まれる微量の芽胞を飲み込んでも何ら害はありません。発達した胃酸の殺菌力に加え、腸内にビフィズス菌や乳酸菌をはじめとする数百兆個の常在菌がびっしりと定着しているためです。成人の腸内では、強固なマイクロバイオーム(腸内細菌叢)がバリアとなり、芽胞が発芽して活動を開始する余地を与えません。そのまま便とともに体外へ自然排出されます。
対照的に、離乳食期を含む生後1年未満の乳児は、胃酸の分泌が弱く、腸内細菌叢の多様性や密度も極めて未成熟です。競合する常在菌が存在しない無防備な赤ちゃんの腸管内に芽胞が到達すると、そこは酸素が薄く栄養に富んだ格好の増殖環境となります。芽胞は腸の中で殻を破って発芽し、猛烈な増殖を繰り返しながら、自然界最強クラスの神経毒素である「ボツリヌス毒素」を体内で直接産生し始めるのです。これが、大人の食中毒(毒素型)とは異なる感染形態を持つ乳児ボツリヌス症(感染型)の恐るべき発症メカニズムです。