曙の最大の代名詞といえば、土俵中央から相手を一瞬で俵の外まで押し出す「強烈無比な突っ張り」でした。203センチの長身から放たれる喉輪(のどわ)と突っ張りは、対戦相手の顎を跳ね上げ、視界を奪うほどの衝撃力を持っていました。元大関や三役力士たちも「曙の突っ張りをまともに食らうと、首がむち打ち状態になり、脳震盪を起こす恐怖があった」と述懐しています。
しかし、その圧倒的なパワーと230キロ前後にまで達した体重は、皮肉にも彼自身の肉体を蝕んでいきました。特に両膝への負荷は想像を絶するレベルに達しており、キャリア後半は慢性的な半月板損傷と軟骨の摩滅との過酷な戦いでした。テーピングを幾重にも巻き、痛み止めを打ちながら土俵に立ち続ける日々。1998年の長野冬季オリンピック開会式では、冷え切ったスタジアムで見事な横綱土俵入りを披露して世界中を魅了しましたが、その膝はすでに悲鳴を上げていました。
2000年11月場所で11回目の幕内優勝を飾った直後、曙は2001年1月場所を前に、31歳という若さで現役引退を表明します。「相撲が取れなくなって惨めな姿を晒すくらいなら、横綱としての誇りを持ったまま土俵を去りたい」という、武士道にも通じる潔い決断でした。満身創痍の肉体が限界を迎えていたことこそが、引退に至る動かし難い真実でした。