村田兆治の球速は全盛期に最速何キロ?60代135キロ伝説の真相

村田兆治の球速は全盛期に最速何キロ?60代135キロ伝説の真相

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Q1:村田兆治投手の現役時代の公式最高球速は何キロですか?
A1:スピードガン導入後に公式に記録された数値としては、1979年に計測された148キロが最速とされています。ただし、測定器導入前の全盛期(1970年代前半〜中盤)は155キロを超えていたというのが当時の対戦打者や関係者の一致した見解です。

Q2:60代で投げた始球式の最高球速は本当に135キロだったのですか?
A2:事実です。2013年にQVCマリンフィールド(現ZOZOマリンスタジアム)で行われた始球式にて、当時63歳で135キロを計測しました。さらに66歳時にも131キロを記録しています。

Q3:フォークボールの球速はどれくらい出ていたのですか?
A3:ストレートが145〜150キロ前後だったのに対し、フォークボールは130キロ前後でコントロールされていました。現代の高速フォーク(スプリット)とは異なり、しっかり抜いて落とす本格派フォークでありながら130キロの球速を保っていたため、打者にとっては判別が困難でした。

Q4:トミージョン手術を受けた後、球速は落ちなかったのですか?
A4:手術直後の復帰時は球速よりも制球と配球を重視していましたが、徐々に球威を取り戻し、復帰後も140キロ台後半のストレートを武器に三振の山を築きました。手術を経てなお球威を維持したパイオニア的存在です。

渡辺 美咲
著者

渡辺 美咲

心身ともに健康で持続可能なライフスタイルをテーマに、最新のウェルネストレンドを発信中。