ロナウジーニョ背番号の真相!80番と49番を選んだ理由と歴代の軌跡

ロナウジーニョ背番号の真相!80番と49番を選んだ理由と歴代の軌跡

ロナウジーニョ背番号の真相!80番と49番を選んだ理由と歴代の軌跡の全体像を分かりやすくまとめてご紹介します。

キャリア全体を俯瞰すると、若き日の欧州挑戦期やブラジル代表における背番号の変遷にも興味深い背景があります。

2001年にブラジルのグレミオからフランスのパリ・サンジェルマンへ移籍した際、ロナウジーニョはまず21番を着用しました。当時のPSGにはナイジェリア代表の英雄ジェイジェイ・オコチャが背番号10として君臨しており、欧州初上陸の若手だったロナウジーニョは21番でプレー。オコチャが退団した翌2002-03シーズンに晴れて10番を引き継ぎ、圧巻の個人技で欧州中にその名を轟かせました。

また、ブラジル代表(セレソン)での背番号も大会ごとに移り変わっています。

  • 1999年 コパ・アメリカ(背番号7):代表デビュー直後の大会。ベネズエラ戦で伝説のシャペウからゴールを決め、世界に衝撃を与えた。
  • 2002年 日韓ワールドカップ(背番号11):リバウド(10番)、ロナウド(9番)と共に『3R』と呼ばれる強力トリオを形成。イングランド戦での長距離FK弾など伝説を残し、世界王者へ上り詰めた。
  • 2006年 ドイツワールドカップ(背番号10):押しも押されもせぬ世界最高の選手として、セレソンの中心である10番を背負って出場。

日韓ワールドカップで11番を着けていた理由は、当時の代表指揮官スコラーリのもと、前大会からの中心選手であったリバウドが10番を着用していたためです。偉大な先輩へのリスペクトを払いながらも、ピッチ上では11番のロナウジーニョが決定的な輝きを放ちました。

松本 悠斗
著者

松本 悠斗

マネー知識やキャリア形成に役立つノウハウを、初心者にも分かりやすく解説するのが得意です。