作中でくるみちゃんが最も激昂するトリガーが、本名である「梅(うめ)」と呼ばれる瞬間です。彼女が頑なに「くるみ」の愛称を強要し、本名を忌み嫌う理由は、単に「響きが古臭くて可愛くないから」という表面的なコンプレックスだけではありません。その根底には、中学時代に経験した凄惨な孤立と人間不信が深く刻まれています。
容姿に恵まれていた梅は、中学時代に「友達」だと思っていた同級生の女子たちから、男子に取り入るためのダシとして利用されていました。都合よく扱われた挙句、男子が自分に好意を寄せると「梅が誘惑した」「男たらし」と陰口を叩かれ、一方的に裏切られるという深い心の傷を負います。誰も自分の内面を見てくれず、外見だけで値踏みされ孤立無援となった絶望の中、唯一自分を「女子」として下心なく、対等な人間として庇ってくれたのが風早翔太でした。
風早の存在は、地獄のような学校生活における唯一の光となりました。だからこそ彼女は、傷つきやすい無力な「梅」を心の奥底に封印し、誰も寄せ付けない完璧に可愛い「くるみ」という鎧を身に纏うようになったのです。本名で呼ばれることは、彼女にとって最も無防備で傷つきやすかった過去の自分を引きずり出される恐怖と同義でした。