裕福な名家に育ちながらも、上地雄輔さんの学生時代は決して甘やかされたものではなく、極めて過酷なアスリート生活そのものでした。幼少期から野球の才能を発揮し、中学時代には日本代表として世界大会に出場するほどの実力を誇っていました。
高校進学時には全国38校もの名門校からスカウトを受け、最終的に選んだのが高校野球界の頂点に君臨する横浜高等学校でした。捕手(キャッチャー)として名将・渡辺元智監督のもとで厳しい練習に耐え、背番号2を背負って正捕手として活躍します。
特筆すべきは、1学年後輩である「平成の怪物」こと松坂大輔氏とバッテリーを組んでいたという伝説的な経歴です。松坂氏が投げる剛速球と切れ味鋭いスライダーを完璧に捕球し、リードしていたのが上地さんでした。甲子園春夏連覇を果たす直前の横浜高校黄金期を支えた中心選手であり、右肘の重傷によってプロ野球への道を断念せざるを得なかったものの、その野球歴は芸能界屈指の本格派です。