このスラングの元ネタを紐解くには、20世紀初頭のオーストリア・ウィーンまで時計の針を戻す必要がある。当時10代後半だった青年ヒトラーは、画家として身を立てることを固く決意していた。しかし、彼の描く絵画は建築的で緻密なものの、人物の情念や生動感に欠けると評され、希望の光は潰えることになる。
世界史の教科書では数行で片付けられるこの事実が、現代のインターネット空間では絶妙な語感を持つスラングへと変貌を遂げた。歴史の「もしも」を議論する際、もし彼が美術学校に合格していたら第二次世界大戦は起きなかったのではないか、という素朴な仮説が頻繁に語られる。その皮肉と虚無感が、ネット上のブラックユーモアと結びついた形だ。