名だたる名店がひしめく東京の蕎麦シーンにおいて、「両国ほそ川」が独自の輝きを放ち続けている最大の原動力は、店主・細川貴義氏による玄蕎麦の選定から製粉、茹で上げに至るまでの狂気とも呼べる徹底性にあります。多くの十割蕎麦が直面する「切れやすさ」や「ボソボソとした食感」を完全に克服し、信じられないほどの滑らかな喉越しと鮮烈な香りを両立させている点が、審査員をはじめとする美食家たちを魅了してやまない決定的な理由です。
店内で提供される蕎麦は、茨城県、北海道、福島県など、厳選された契約農家から仕入れた玄蕎麦を使用しています。産地や収穫時期による微細な水分量の違いを見極め、毎朝その日の分だけを石臼で自家製粉。つなぎを一切使わずに生粉打ち(きこうち)される蕎麦は、細打ちでありながら心地よい角が立ち、噛み締めた瞬間に豊かな穀物のアロマが口腔全体へ広がります。
料理評論家やグルメ専門誌の取材記録を紐解くと、細川氏は「蕎麦は生き物であり、秒単位で味が劣化する」と語っています。客の食べるペースを見計らい、最良の瞬間に提供されるその一杯は、単なる昼食の枠を超えた一種の芸術体験として記憶に刻まれます。