長きにわたる下積み生活を陰で支え続けたのは、名古屋の実家の家族だった。売れない時期がどれほど長引いても、ご両親は息子の夢を一度も否定せず、温かい食事や励ましの言葉を送り続けたという。まさにこの家族の深い愛情と理解があったからこそ、彼は途中で挫折することなく役者道を進み続けることができた。
転機が訪れたのは2008年、映画『クライマーズ・ハイ』への出演だった。原田眞人監督に見出され、新聞社内で精神的に追い詰められていく記者役を怪演。その圧倒的な鬼気迫る演技は業界内で大きな注目を集め、芸能事務所「アルファエージェンシー」への所属が決まるきっかけとなった。
アルファエージェンシーへの移籍以降、彼は一気に仕事の幅を広げていく。実家からの精神的・物質的なバックアップと、本人の並々ならぬ努力が結実し、日本映画界のトップバイプレイヤーとしての第一歩を踏み出した瞬間だった。