19世紀初頭、欧州大陸を席巻したナポレオン・ボナパルトを軍事力だけで抑え込めなかった大英帝国は、ペンとインクを武器に戦った。その急先鋒となったのが、天才風刺画家ジェームズ・ギルレイだ。ギルレイは彼を「リトル・ボニー(小さなボナパルト)」と名付け、巨大な羽飾り付きの軍帽を被った子供のような姿で執拗に描き続けた。
当時のロンドン市民にとって、風刺画はニュースであり最高の娯楽だった。連日ばら撒かれる嘲笑のイメージは、フランス軍の進撃に怯える民衆の恐怖を和らげる心理兵器として絶大な効果を発揮した。ナポレオン自身も死の直前、ギルレイの風刺画が自らの名声をいかに傷つけたかを認めている。現代にまで尾を引く「小男」のレッテルは、綿密に計算された英国の世論工作の産物だったのだ。