1906年にドイツの精神科医アロイス・アルツハイマーが最初の症例報告を行ってから100年以上が経過した。精神医学が歩んできた試行錯誤の歴史の中で、長年最大の謎とされてきたのが「進行速度の著しい個人差」である。同じ年齢、似たような生活環境でありながら、なぜある人は急速に記憶を失い、別の人は軽度の症状に留まるのか。
日本における大規模脳神経画像研究「J-ADNI(アルツハイマー病神経画像戦略研究)」をはじめとする追跡調査は、その解を脳内の量的・質的要因に見出した。第一の要因は「認知予備能(Cognitive Reserve)」と呼ばれる脳の柔軟性だ。生涯にわたる知的活動や複雑な対人コミュニケーションは、神経ネットワークの予備ルートを構築し、多少の神経細胞脱落があっても症状の表面化を防ぐ。第二の要因は、アミロイドβの後に蓄積する「タウタンパク質」の広がり方と、脳内の微小な炎症反応である。J-ADNIの画像解析データは、タウの広がりが側頭葉から前頭葉へと拡散するスピードこそが、認知機能崩壊のダイナミクスを直接決定づけている事実を証明した。