現代の映像制作現場において、CGやデジタル技術が進化すればするほど、生身の俳優が放つ「肉体性」の価値が問われる。竜雷太の真骨頂は、どんなに荒唐無稽な物語であっても、自分の足で大地を踏みしめ、確固たる生活感を立ち上がらせてしまう点にある。
彼と共演したクリエイターや後輩俳優たちが口を揃えるのは、その徹底した「現場主義」だ。台本を徹底的に読み込みながらも、カメラが回れば現場の空気感を即座に吸収し、相手の芝居に合わせて柔軟に間を変化させる。型にとらわれない柔軟性と、長年の経験に裏打ちされた基礎体力。昭和の泥臭い熱狂と令和の洗練されたスマートさを、彼ほどの説得力で架橋できる存在は極めて稀有だ。