音楽番組の特集インタビューや過去の音楽誌において、フロントマンの清水依与吏は自らの創作原点について「自分自身の圧倒的なモテなさ」「振られた相手への執着や悔しさ」を隠すことなく告白しています。バンド名の由来自体が「振られた元カノにとって、自分はもう過去の男(back number)」という自虐から名付けられた事実は有名です。
清水が紡ぎ出す清水依与吏 歌詞世界観の根底には、既存のJ-POPが描いてきた「スマートで勇敢な男性像」に対する強烈な違和感と反骨心があります。現実の人間は、意中の異性を前にしたとき、映画の主人公のように格好良く立ち振る舞うことなどできません。足がすくみ、惨めな嫉妬に狂い、夜な夜なあり得ない妄想に逃げ込むのが、不器用な人間の偽らざるリアリティです。
『高嶺の花子さん』における「気持ち悪さ」は、作詞上のミスや悪ふざけではなく、意図して曝け出された人間の生々しいエゴイズムに他なりません。美談に仕立て上げないからこそ、歌詞は毒を持ち、聴く者の倫理観や恋愛観を激しく揺さぶる劇薬となっているのです。