梅田本店の営業末期、店頭ではどのような光景が繰り広げられていたのでしょうか。当時のSNS投稿や口コミサイト、現場に足繁く通った常連客たちの証言を再検証すると、華やかな人気の裏で生じていたリアルな歪みが見えてきます。
「朝10時の開店前に並んでも、入店できたのは12時過ぎ。真夏の炎天下で熱中症になりかけたが、タイ風焼きそばパンとゆずと栗のリュスティックを食べた瞬間に疲れが吹き飛んだ」という熱狂的な賞賛の一方で、「店員さんが常に目の回るような忙しさで、厨房の奥から漂う張り詰めた空気が痛々しかった」「あまりの行列に近隣店舗からの苦情が出て警備員が配置されるなど、どこか殺伐とした雰囲気があった」といった声も少なくありませんでした。
現場観察を続けたフードライターは次のように語ります。「船井シェフの作るパンは、料理として手が込みすぎているのです。焼きそばのソースひとつ、具材の火入れひとつに一切の既製品を使わず、厨房で一から仕込む。それを大都市のターミナルで毎日数千個売るというのは、職人の肉体を削る行為そのものでした」。ファンが熱狂すればするほど、現場の職人たちが追い詰められていくパラドックス。閉店時の「一度立ち止まりたい」というシェフの言葉は、現場を知る者にとっては悲劇ではなく、必然の救済措置として受け止められました。