旗の誕生以降、その歩みは決して平坦ではなかった。20世紀初頭の植民地支配下において、この旗を掲げることは厳しく制限され、民衆にとって太極の意匠は自由と独立への情熱を象徴する禁断のシンボルとなった。無数の無名の人々が、衣服の裏や天井裏に秘かに隠し持ち、独立運動の現場で掲げ続けた。
1945年の光復を経て、1948年に大韓民国政府が正式に樹立されると、国旗としての法的地位が確立された。しかし、当時は描き手によって太極の渦の向きや四卦の配置、縦横の比率にバラつきが存在していた。
制度的な統一を図るため、政府は1949年に国旗制定委員会を設置。太極の上下の配色、角度、四卦の位置関係、縦横2対3の比率といった細かな意匠の規格を法律で正確に定めた。度重なる動乱を乗り越え、試練の歴史を結実させた瞬間だった。