玉置浩二という芸術家の軌跡を語る上で、避けて通れないのが激動の私生活と、命を削るようにして生み出された楽曲との濃密な関係性です。彼が放つ圧倒的な色気や狂気的なまでの歌唱表現は、実生活での激しい愛憎や苦悩と分かちがたく結びついていました。
1989年に放送されたTBS系ドラマ『キツイ奴ら』での出演は、玉置の役者としての才能を決定づけました。小林薫と演じた金なし・職なしのチンピラコンビが見せる軽妙さと哀愁は、視聴者のみならず業界関係者を唸らせ、彼が単なるシンガーにとどまらない身体的な表現力を持っていることを証明しました。
そして1991年、当時トップ女優として清純派の頂点に君臨していた薬師丸ひろ子との結婚は、日本中に電撃的なニュースとして報じられました。『キツイ奴ら』での共演や楽曲提供を通じて惹かれ合った二人の生活は、昭和末期から平成初期を彩るビッグカップルとして過熱取材の対象となりました。しかし、常に音楽と精神が直結している芸術家肌の玉置と、プロとしての自律と規律を重んじる薬師丸との間には、日々の生活テンポにおいて次第に埋めがたい溝が生まれたと報じられています。
1998年、薬師丸の誕生日に開かれた大規模なパーティーの席上、二人は突如として離婚を発表します。泥沼の裁判劇ではなく、お互いの未来を尊重する形でマイクを握り合い、笑顔を見せながら友好的に別れを告げたこの会見は、芸能界の慣例を打ち破る前代未聞の美学として今なお語り草となっています。
しかし、安全地帯の活動休止、ソロ転向、そして私生活の激変は、玉置の繊細なメンタルを限界まで追い詰めていました。1990年代半ば、体調を崩し、精神的にも追い詰められた彼は、都会の喧騒を離れて長野県軽井沢の山荘へと籠もることになります。そこで土をいじり、キャベツやトマトを育て、近隣の農家の人々と触れ合う生活の中で、傷ついた心が徐々に癒やされていきました。
そうした過酷なリハビリテーションの果てに生まれたのが、1996年の国民的大ヒット曲『田園』です。「生きていくんだ それでいいんだ」という力強いフレーズは、虚飾をすべて剥ぎ取られ、どん底を経験した人間だからこそ発信できた真実の叫びでした。オリコン最高2位、累計売上92万枚を超えるスマッシュヒットとなった同曲は、彼が単なる80年代のイケメンロックスターから、日本人の魂に寄り添う「稀代の吟遊詩人」へと生まれ変わった決定的なメルクマールとなりました。