貴乃花の横綱昇進を語る上で欠かせないのが、1994年9月場所後に起きた「横綱昇進見送り騒動」です。当時、大関だった貴乃花(当時は貴ノ花)は、7月場所で12勝3敗の成績ながら同部屋の武蔵丸との優勝決定戦を制して優勝。続く9月場所では、他を寄せ付けない強さで15戦全勝優勝を飾りました。
大相撲の不文律である「大関で2場所連続優勝」を文句なしの形で達成したにもかかわらず、横綱審議委員会(横審)は昇進への推薦を見送る決断を下します。この前代未聞の判断に、メディアやファンからは怒号にも似た疑問の声が殺到しました。
見送りの主な理由は、7月場所の成績が「12勝3敗」にとどまっていた点にありました。当時の相撲界では、1986年に誕生した双羽黒の途中廃業問題などを教訓に、横綱の「品格と力量」に対する審査基準が極めて厳格化されていました。「大関の地位で圧倒的な強さをもう1場所見極めるべきだ」という慎重論が根強く残った結果、史上稀に見る厳しいハードルが課されることとなったのです。
世間が騒然とするなか、本人は一切の言い訳を口にせず、ただ前を見据えて稽古場へと戻りました。この強靭な精神力こそが、次代の大横綱たる所以でした。