日本の歴史において、独自の筆法を守り続けてきた数多の書道流派のなかでも、ひと際異彩を放つのが有栖川流だ。この流派は、幕末から明治期にかけて国家の激動期を駆け抜けた有栖川宮熾仁親王によって大成され、弟である有栖川宮威仁親王へと受け継がれた。武家の質実さと公家の雅やかさが高度に融合した筆跡は、かつて宮内庁の前身組織や宮中儀式における重要な文書でも重用され、まさに皇室文化の権威を体現する至高の芸術として重んじられてきた。
直線的でありながらも決して硬直せず、凛とした緊張感をたたえた文字の造形。それは単なる文字の美しさにとどまらず、書く者の精神性や覚悟そのものを映し出す鏡でもあった。宮家の断絶とともに公の場から姿を消したことで、長らく「幻の流派」と称されてきた歴史が、現代における神秘性をさらに深めている。