インターネット上で「三上悠亜はAKBに在籍していたのか」という疑問が絶えない背景には、彼女がAKB48のシングル選抜総選挙やじゃんけん大会、合同コンサートに数多く参加していた事実があります。広義のAKB48グループの過去において、彼女は間違いなくその中心近くに存在していました。
彼女の三上悠亜の本名と経歴を紐解くと、1993年8月16日生まれ、愛知県名古屋市出身。2009年3月、15歳のときに「SKE48第2期メンバーオーディション」に本名の鬼頭桃菜として合格しました。同期には斉藤真木子や高柳明音など、グループの黄金期を支えた顔ぶれが揃っています。
当時の三上悠亜のアイドル時代は、決して順風満帆なエリートコースではありませんでした。抜群のビジュアルとダンススキルで注目され、2010年12月にはチームEの初期メンバーに選ばれたものの、直後に規律違反等を理由に研究生への降格処分を経験しています。その後、血のにじむような努力を重ねて2012年に正規メンバー(チームS)へ再昇格。シングル『片想いFinally』や『アイシテラブル!』などで選抜入りを果たし、ファンからは次世代のビジュアルエースとして将来を嘱望されていました。