「同じ150万円の予算があるなら、ヤマハの最高峰アップライト(YUS5など)を買ったほうが良いのではないか」という議論は後を絶ちません。しかし、楽器構造の力学を紐解くと、両者には埋められない構造的な溝が存在します。
第1の違いは「重力によるハンマーの戻り」です。グランドピアノはハンマーが水平に配置され、下から上へ弦を叩いたあと自然な重力で瞬時に元の位置へ戻ります。一方、アップライトは垂直に弦が張られているため、スプリングの力でハンマーを引き戻す構造です。この構造差により、微小な力加減によるピアニッシモ(極小音)の連打や、繊細なトリルのコントロール性能において、コンパクトであってもグランドピアノが圧倒的な優位性を保ちます。
第2の違いは「ペダル機構の機能性」です。グランドピアノの左側「シフトペダル(ウナコルダ)」は、鍵盤アクション全体をわずかに横へスライドさせ、打弦本数を3本から2本へと減らすことで、単に音量を下げるだけでなく音色の質感を変化させます。また、中央の「ソステヌートペダル」は特定の踏んだ音だけを持続させる機能を持ち、中上級以上のクラシック楽曲を原典通り演奏するためには欠かせない機構です。
音響板の向きにも違いがあります。アップライトが背面の壁に向かって音を放射するのに対し、グランドピアノは上部の大屋根を開くことで空間全体へ直接音を放射します。奏者自身が耳で直接音の輪郭と倍音の変化を捉えられるため、「自分の出した音を聴き分ける耳(聴音能力)」を育てる教育的メリットは計り知れません。