小川知子の半生を語る上で欠かせないのが、劇的な恋愛と別れの数々です。中でも昭和のテレビ史に残る伝説的な出来事として語り継がれているのが、レーシングドライバー・福澤幸雄氏との死別です。
福澤諭吉の曾孫であり、トップモデル・レーサーとして圧倒的人気を誇っていた福澤幸雄氏と小川知子は将来を誓い合う仲でした。しかし1969年2月、静岡県のサーキットでテスト走行中の事故により、福澤氏は25歳の若さで急逝。その直後の生放送番組『夜のヒットスタジオ』で、彼女は恋人の死に直面しながらもマイクの前に立ち、号泣のあまり歌えなくなるという痛切な姿が生中継されました。このシーンは、昭和歌謡界における最も悲劇的で純粋な愛の瞬間として、今なお多くの人々の記憶に刻まれています。
その後、1977年に歌舞伎界出身の実力派俳優・林与一と結婚を発表。美男美女のビッグカップルとして大きな祝福を受けましたが、約9年後の1986年に離婚が成立しました。離婚の背景には、多忙によるすれ違いや、芸道に生きる者同士の価値観の違い、生活環境の摩擦などがあったと当時のワイドショーや取材で報じられています。双方が互いの才能を認め合いながらも、夫婦としての共同生活を維持することの難しさを浮き彫りにした出来事でした。