視点を過去に向けると、皇室の歴史における譲位の役割がはっきりと見えてくる。飛鳥時代の皇極天皇から江戸時代の光格天皇に至るまで、50代以上の天皇が譲位を行った。上皇や法皇として後継者を支え、権力の円滑な移行を図る仕組みは、むしろ皇室の安定を保つための知恵であった。治天の君として院政を執るケースもあれば、学問や芸術に専念するために位を退く事例も珍しくなかった。
近代に入り終身在位が原則とされたのは、二重権力の発生を防ぎ、天皇の権威を一元化するためだった。しかし長寿社会が到来した現代、憲法学・皇室制度研究の現場では、伝統の形を守ることと天皇個人の身体的負担との間で生じる矛盾が鋭く指摘されるようになった。過去の歴史的知恵と現代の憲法秩序をいかに整合させるか。それが譲位をめぐる議論の本質である。