キリスト教の伝統において、聖水(Holy Water)は単なる物理的な水ではなく、神の恵みと霊的な清めを象徴する「準秘跡(サクラメンタリア)」の一つとして位置づけられています。その起源は古く、旧約聖書における清めの儀礼や、新約聖書でイエス・キリストがヨルダン川で洗礼者ヨハネから洗礼を受けたエピソードに深く根ざしています。
2世紀初頭のローマ教皇アレクサンデル1世の時代には、すでに塩を混ぜて祝別した水で家々を清める習慣があったと伝えられており、4世紀以降の公認教会において典礼の中に正式に組み込まれました。聖水が持つキリスト教的な意味の中心は、「原罪の洗い流し」「悪霊からの保護」「信仰者の霊的回復」にあります。
教会を訪れた信徒は、聖堂の入り口に設置された「聖水盤(アスペルギウム)」の水に指先を浸し、額・胸・両肩へと十字を切る所作を行います。これは、自らがかつて受けた洗礼の恵みを思い起こし、俗世の穢れを落として神聖な空間に入るための通過儀礼としての役割を果たしています。また、復活祭(イースター)の前夜祭で行われる「洗礼の水」の祝別式は、一年の中で最も壮大かつ重要な典礼行事の一つです。