かつて鬼殺隊の最高位である「柱」の一角、鳴柱として前線に君臨していた桑島慈悟郎。彼の身体には、幾多の鬼との死闘を生き抜いてきた凄絶な軌跡が刻まれている。三十五歳という若さで右脚を失う重傷を負い、現役の剣士としては前線を退くことを余儀なくされた。しかし、彼のアグレッシブな戦術と雷の呼吸の精度は、当時の鬼殺隊においても群を抜いていたと伝えられる。
引退後、彼は育手(そだて)として次世代の育成に全力を注いだ。その指導は苛烈を極め、逃げ出そうとする弟子を引き戻しては鍛え直す日々。しかしそこにあったのは、単なるスパルタ教育ではない。孤独な少年たちに生きる居場所と誇りを与えようとする、どこまでも深い親心だったのだ。