多くの鑑賞者が頭を抱えるのが、寺院跡におけるウィラードとカーツの決着、そして幕切れの解釈です。現地民族の水牛屠殺の儀式とシンクロするように、ウィラードは鉈(ナタ)を振り下ろしてカーツを暗殺します。重傷を負ったカーツが息絶える間際に呟く「地獄だ、地獄の恐怖だ(The horror... the horror...)」という言葉は、映画史に残る名言として語り継がれています。
この結末が意味する核心は、主に以下の3点に集約されます。
- カーツ大佐の「計画的自殺」:カーツはウィラードを敵ではなく、自らの苦悩を終わらせてくれる「解放者」として受け入れていました。軍の欺瞞に絶望しながらも狂気の王として君臨し続ける自己の矛盾から逃れるため、大佐は自ら進んで暗殺を受け入れたといえます。
- 神話的・人類学的儀礼の昇華:文化人類学者ジェームズ・フレイザーの『金枝篇』をモチーフにしており、「老いた王を殺害した者が新たな王となる」儀礼を描いています。水牛の生贄と重なるカーツの死は、原始的な王権交代の構図をなぞっています。
- ウィラードの決別と拒絶:大佐を殺害した後、寺院を埋め尽くす現地民族たちはウィラードの前にひざまずき、彼を新たな「神」として崇めようとします。しかしウィラードは武器を捨て、生き残った兵士ランスの手を引いて再び川を下り、ボートを発進させます。彼は狂気の連鎖に加わることを拒否し、人間性を取り戻す選択をしたのです。
無線機から流れる爆撃要請のコードコールを黙殺し、雨の降る闇の中へと去っていくウィラード。カーツの最期の言葉「The horror」は、戦争の残虐性だけでなく、道徳や理性をかなぐり捨てた人間の魂の底にある「底なしの暗黒」を指し示しています。