「なぜ痛むまで放置したのか」「なぜ抜けた後すぐに歯医者へ行かなかったのか」という疑問は、一般の感覚からすれば当然の反応です。しかし、彼らが奥歯を失ったまま放置せざるを得なかった背景には、個人の怠慢という言葉だけでは片付けられない深刻な社会経済的・心理的理由が存在します。
第一の理由は、歯がない理由としての貧困です。駆け出しの若手芸人の月収が数千円から数万円程度であることは珍しくありません。健康保険料の支払いが滞り、保険証を持っていなかった時期があるタレントも実在します。虫歯が進行して激痛に襲われても、歯科医院での初診料や治療費を工面できず、市販の痛み止めを大量に服用したり、アルコールで痛覚を麻痺させたりして耐え忍ぶうちに神経が壊死。最終的に歯冠がボロボロと崩れ落ち、根っこだけが残るか自然脱落してしまうという過酷な経過をたどるケースが目立ちます。
第二の理由は、心理的障壁である重度の歯科恐怖症です。幼少期に受けた無麻酔での激痛治療や、独特の切削音、薬品の臭いなどがトラウマとなり、歯科医院の待合室に座るだけで動悸や過呼吸を起こしてしまう人がいます。タレントたちの過去の手記や告白番組でも、「怒られるのが怖くて行けなかった」「痛みに耐える恐怖のほうが、歯がない不便さよりも勝っていた」という生々しいエピソードが語られています。痛みが引いてしまうと恐怖心から通院を先延ばしにし、結果として奥歯が抜けたまま何年も放置してしまう悪循環に陥るのです。
さらに、芸人特有のコミュニティ心理も影響していました。かつての芸人社会では、金がないことや身体的な欠損が「舞台上の個性」「ネタになる哀愁」として周囲に面白がられ、受容されてしまう土壌がありました。「歯がないキャラ」として笑いを取れることが、皮肉にも治療への動機を遅らせる要因として作用していた側面は否定できません。