一方で、近年のWebメディアやSNS空間では、ゴラッソという言葉の氾濫に対する違和感や軋轢も表面化しています。X(旧Twitter)やYouTubeの切り抜き動画において、アクセス数を稼ぐためにあらゆる得点シーンへ安易に「衝撃ゴラッソ!」と冠する傾向が強まったためです。
ネット上の掲示板やSNSでは、以下のようなリアルな賛否両論が日々交わされています。
ネット上で見られるサポーターの生の声:
「GKのこぼれ球を詰めただけの泥臭い得点に『神ゴラッソ』と付ける公式アカウントには冷める。泥臭いゴールも尊いけれど、それはゴラッソではない」(30代・Jサポ歴15年)
「相手ディフェンダーの足に当たってコースが変わったディフレクション弾をゴラッソと呼ぶ実況にはツッコミを入れたくなる。弾道の美しさが消えている」(20代・欧州サッカーファン)
「言葉の定義に目くじらを立てる『ゴラッソ警察』が多すぎる。観客が叫びたくなるほどテンションが上がったなら、全部ゴラッソで良いじゃないか」(40代・観戦初心者)
このように、言葉の希少価値を守りたいコアファンと、純粋に盛り上がりを共有したいカジュアル層の間で認識のギャップが生じています。ディフレクション(相手選手への接触による変芯)が生じたゴールに対しては、「あれはラッキーゴールであってゴラッソではない」と厳しくジャッジするコミュニティの視線が存在することも、カルチャーの深みを示す現象と言えます。