ここで改めて、裏社会で「知謀の士」「剛腕」と恐れられる高山清司の経歴と生い立ちを振り返ります。生年月日は1947年(昭和22年)9月5日で、年齢は78歳(2026年時点)となります。愛知県津島市に生まれ、若くして名古屋の裏社会に身を投じました。
高山若頭の運命を決定づけたのは、後の六代目山口組組長となる司忍(篠田建市)との出会いでした。司忍が率いた「弘田組」傘下の組織で頭角を現し、1984年に司忍が初代会長として「弘道会」を設立すると、高山若頭はその片腕として組織の拡大と近代化に大きく貢献しました。
弘道会は従来の暴力団組織とは一線を画し、警察の取り締まりを徹底的に研究した「徹底した非供述・完全秘匿主義」と強力な経済基盤を構築しました。2005年、司忍が六代目山口組組長を継承したことに伴い、高山清司は二代目弘道会会長を経て、異例のスピードで本家ナンバーツーである六代目山口組若頭へと就任。名実ともに山口組の屋台骨を背負う存在となりました。