書写山圓教寺の歴史は、平安時代の康保3年(966年)に性空上人(しょうくうしょうにん)が開山したことに始まります。性空上人の高潔な徳を慕い、花山法皇や後白河法皇、貴族たちがこぞって参詣したことで寺勢は大いに隆盛し、比叡山延暦寺、高野山金剛峯寺と並ぶ屈指の大寺院へと発展しました。
西国三十三所観音霊場の第27番札所としても名高い圓教寺の境内は広大を極めます。山上に足を踏み入れた参拝者をまず圧倒するのが、断崖にせり出すように建てられた「摩尼殿(まにでん)」です。京都の清水寺と同じ舞台造り(懸造り)構造を採用しており、新緑や秋の紅葉に包まれる姿は息を呑むほどの迫力を誇ります。
さらに奥へと進むと現れるのが、圓教寺の心臓部ともいえる「三之堂(みつのどう)」です。ここは大講堂(本堂)、食堂(じきどう)、常行堂(じょうぎょうどう)の3つの国指定重要文化財が、広大な中庭を取り囲むように「コの字型(U字型)」に配された極めて珍しい空間配置を誇ります。修行僧たちが寝食を共にし、不断念仏を唱えたこの空間には、現代建築では決して再現できない木の温もりと静かな緊張感が共存しています。