歩くことさえままならず、部屋の壁に手をつきながら移動する日々の中で、米倉は複数の医療機関を受診しました。しかし、低髄液圧症候群は専門的な知識と診断設備を持つ医療機関が限られており、確定診断に至るまでにも相当な時間を要しました。
転機となったのは、脳脊髄液減少症の治療に精通した専門医との出会いです。施された治療法の一つが、漏れ出している患部に患者自身の血液を注入して凝固させ、膜の穴を塞ぐ「硬膜外自家血注入療法(ブラッドパッチ治療)」でした。この治療法は高度な技術を要し、術後も絶対安静が必要となりますが、米倉の症状はこれにより劇的な改善の兆しを見せ始めました。
さらに仙腸関節障害に対しては、丁寧なリハビリテーションと神経ブロック注射、骨盤アライメントを整える専門的なフィジカルトレーニングを徹底。医師と二人三脚で焦らず身体を再構築していく地道な闘病生活が、復活への確固たる土台となりました。