2007年8月10日・11日にフジテレビ系「土曜プレミアム」枠で「千の風になって ドラマスペシャル」として放送された実写ドラマ『はだしのゲン』は、終戦記念特別番組として並々ならぬ熱量で制作されました。当時の視聴率は前編・後編ともに高水準を記録し、過酷な時代に懸命に生きた家族の姿が日本全国のお茶の間に強烈な衝撃を与えました。
物語の精神的支柱となったのが、中井貴一 父親役(中岡大吉)の存在です。大吉は下駄の絵付け職人として生計を立てながら、戦況悪化に熱狂する世相にあって「この戦争は間違っている」と公然と唱える人物でした。その信念ゆえに町内からは「非国民」と激しい迫害を受け、家族ともども苦境に立たされます。しかし、大吉は子どもたちに対して決して卑屈にならず、どんな理不尽な暴力にも屈しない誇り高き生き様を教え続けました。
特に視聴者の涙を誘ったのが、麦畑で子どもたちに語りかける名シーンです。「麦は踏まれて踏まれて強うなる。冷たい冬の雪に耐え、踏まれても青い芽を天に向かって伸ばすんじゃ。お前らも麦のように強く生きろ」という魂の台詞は、中井貴一さんの重厚かつ温かみのある低音ボイスによって、単なる教訓を超えた人生の指針として胸に突き刺さります。
そして迎える昭和20年8月6日。原爆投下によって倒壊した家屋の下敷きとなり、迫り来る火の手の中で、大吉は必死に助け出そうとするゲンに向かって「母さんと弟を頼む、逃げろ!」と叫びます。自らの命が燃え尽きようとする瞬間まで家族の未来だけを案じ続けたその形相と絶叫は、中岡大吉 役柄の過酷な運命をこれ以上ない説得力で表現し、日本のテレビ史に残る屈指の名シーンとなりました。