ネット上のQ&AサイトやSNSを調査すると、「生る」と書いて周囲から間違いだと指摘されたユーザーの戸惑いの声が数多く確認できます。
「庭にリンゴの実が生ったと社内報に書いたら、校正で『実が成った』あるいは『実がなった』に直されて戻ってきた。植物の実だから『生る』の方が自然に感じるのに、なぜダメなのか」(大手メーカー広報担当者・知恵袋での相談)
「子どもの夏休みの日記で『トマトの実が生った』と書かせたら、学校の先生から赤ペンで直された。親世代の感覚としては普通に使っていた表記だっただけにショックだった」(小学生保護者・SNS投稿)
こうした混乱が生じる背景には、人間の視覚認知における強いバイアスが存在します。日本人は「木に実が生える(はえる)」「草木が生い茂る(おいしげる)」という強烈な自然の連想から、果実の成熟に対しても無意識に「生」の字を当てはめてしまいがちです。また、明治から昭和初期にかけての文豪たちの名作には「生る」の表記が頻繁に登場するため、読書体験を通じて脳裏に定着していることも混乱に拍車をかけています。
出版社の校閲担当デスクにヒアリングを行うと、「一般の持ち込み原稿やコラムの初校において、『実が生る』と記されている割合はおよそ3割から4割に上る。文学的トーンを重んじる小説本でない限り、現代のビジネス実用書や一般向け新書では、読者からの表記ミス指摘を防ぐため機械的に平仮名か『成る』へと統一修正している」という現場の舞台裏が語られました。