1968年に日本初の本格的スナック菓子として誕生したカールは、昭和から平成にかけて「おやつ」の代名詞として君臨していました。しかし、明治の公式発表資料や当時の決算関連データを紐解くと、販売終了に至る構造的な地盤沈下が長年にわたって進行していたことが分かります。
カールブランドの売上高は、最盛期だった1990年代前半には年間約190億円を記録していました。しかし、スナック市場の急速な多様化に伴い、2010年代半ばには約60億円規模へと3分の1以下に激減。この急激な市場シェア低下の背景には、消費者の味覚トレンドの変化と、競合製品の台頭という決定的な要因がありました。
食品産業リサーチの専門家は次のように分析します。「カールのようなパフ系コーングリッツスナックは、1990年代後半以降、カルビーや湖池屋を中心とするポテトチップス勢の圧倒的なフレーバー展開と食感改良に押され続けました。さらに決定的だったのは、『指が粉で汚れる』『歯の裏に付着しやすい』というカール特有の物理的性質が、スマートフォンを操作しながら間食を楽しむ現代の若年層のライフスタイルと致命的に乖離してしまった点にあります」。
収益性が悪化する中、明治は全面的なブランド終了(撤退)も選択肢に入れて協議を重ねました。しかし、「カールおじさん」に象徴される半世紀以上のブランド資産を完全に葬るのではなく、地域需要の根強い西日本に限定して生産・流通を合理化する道を選んだというのが、2017年の地域限定化の偽らざる真相です。