貴景勝の相撲の原点を語る上で外せないのが、父・一哉氏が課した過酷なトレーニングと、常識外れの食生活です。当初、一哉氏の影響で5歳から極真空手を始めた貴景勝は、小学2年生の時に全国大会で準優勝を果たすほどの実力を誇っていました。しかし、決勝戦での不可解な判定負けに納得がいかなかった一哉氏は、「判定のない、白黒が明確につく勝負の世界へ行け」と、相撲への転向を決断させます。
相撲の世界で勝つためには、何よりも絶対的な「体重」と「体幹」が必要でした。そこから始まったのが、現代のスポーツ科学の常識を揺るがすような二人三脚の肉体改造プログラムです。
食事の時間は団らんではなく「第二の稽古」でした。吐き気を催しても喉を通らせ、夜中に目を覚ましてはさらに食べさせる。一哉氏自身も仕事の合間を縫って息子の稽古相手となり、ぶつかり稽古で肋骨を折ってもテーピングを巻いて土俵に立ち続けたという逸話は、現場の関係者の間でも語り草となっています。