彼女の経営キャリアの出発点は、決して平坦なものではなかった。大手プロダクションからの独立という、当時の芸能界では「禁手」とされた決断からスタートしている。事務所を立ち上げた当初の苦境、仕事が一切なくなった空白の期間を乗り越えたのは、泥臭い営業回りと独自のタレントブランディングだった。
単なる「妻によるサポート」ではなく、明確な事業ビジョンを持ったプロデューサーとして夫である太田光の才能を世界に提示し続けた。この原体験があるからこそ、彼女の経営手法には土壇場に強い「腹のくくり方」が常に宿っている。